デジタルデータが残っていない時代の釣りを記憶のみ頼りに書き留める【釣行の思い出】シリーズ、第四話は、前回にひきつづき淡水の釣り。
今回は私が住んでいたところから徒歩圏内で行けた釣り場、猪名川での釣行の思い出で、これも1980年初頭、私が小学校2年生の頃のお話です。
はじめてのナマズ
前回の第三話で記した通り、父に出し抜かれ大ゴイを釣り損ねた私は、どうしても自分でも鯉を釣ってみたくて、鯉を狙ってよく猪名川に通っていました。
しかし、狙いどおりにはなかなか釣れません。
当時読んでいた子供向け釣りの入門書にはよく「鯉は一日一寸」という格言が書かれていました。
鯉は決まった回遊ルートを通って餌を食べるので、根気よく釣り場に通って、餌を決まった場所に打ち込むことで、その場所を餌場として鯉が回遊してくれるまでに時間が掛かることの例えです。
その格言を守って、同じポイントに通って練りエサを打ち込むのです。
当時使っていた仕掛けは、吸い込み仕掛け。
らせんの周りに放射状に4本のあみ糸の枝素が出てハリがぶら下がり、らせん中央から一本だけ長い枝素が出ているもので、 みかんくらいの大きさに丸めた練りエサやいもようかんの団子に、その仕掛けを埋め込んで投げるのです。
当時のお気に入りのエサはマルキューの「大ごい」という練りエサ。
ちょっと調べてみたところ、この練りエサ、40年ほど経った現代でも、当時と全く同じパッケージで販売されているようですね。なんだか嬉しくなってしまいました。
これを、第二話で登場したボートロッドで投げるのですが、少しでも釣れる確率が高くなるよう、吸い込み仕掛けの中央から伸びる一番長い枝素には、食わせ餌としてミミズも付けていました。
狙いの鯉はなかなか釣れませんでしたが、マブナ、カワムツ、カマツカ、ニゴイの幼魚など、いろんな魚が針に掛かってきて楽しませてくれました。
そんなあるとき、友人と一緒にいつものように吸い込み仕掛けで釣りをしていたところ、普段とはちょっと違う重みのある魚がかかりました。
「大物だ!」
ボートロッドが大きく曲がって、強い魚のヒキが手元に伝わってきます。
必死にリールを巻いて、徐々に魚が近づいてきてシルエットが見えるようになると、尻尾を左右に振っている姿が妙にウネウネしている。
釣り上げたのはなんとナマズ。
大きさは40cmくらいでしたが、子供の私にとっては大物。もちろん、実物を見るのは初めてです。
タックルボックスに川の水を汲んで、そこにナマズを入れて自宅に持ち帰り、庭の池に放しました。
父と夜釣りに行くことに
その日の夜、ナマズが釣れたことを父に自慢すると、第三話のデカチンの件以来、すっかり釣りに目覚めてしまっていた父は、「ナマズがおるんか?ならこんどワシも一緒にいってやろう」と言い出しました。
そういう次第で、父と二人でナマズねらいで夜釣りにいくことに。
当時通っていた猪名川のその釣り場、川の中央部に大きく張り出した中洲があって、そこに行くことになりました。
時間は夕暮れ時。
小学生の私には真っ暗の夜の川辺はちょっと怖いです。
今では珍しくありませんが、当時は画期的?だった、ハンディタイプの蛍光灯で進路を照らしながら、父は中洲の先端を目指してどんどん草むらの中を突きすすんでいきます。
「待ってよ~」蛍光灯の明かりの枠内からはずれると、あたりは真っ暗であまりにも怖いので、私ははぐれないよう父の後を必死についていきました。
人が立ち入らないため草は伸び放題の草むら、現代だとダニなど寄生虫が恐ろしくてそんなところにはとても踏み込む気になりませんが、当時はいろいろとおおらかな時代ですね。
はじめての夜釣りは大漁
そうして怖い思いをして辿り着いた中洲の先端で、早速釣りの準備。
父は磯竿でブッコミ仕掛け、のべ竿で電気ウキ仕掛け、私はボートロッドでブッコミ仕掛けと、買ったばかりの投げ竿で電気ウキ仕掛けを投げ込みます。
すると、ほどなくして電気ウキが沈みます。
あがってきたのは小さな黒い魚、ギギです。
「イテテ」その魚から針を外そうとした父が声を上げます。
ギギは、背鰭と胸鰭の一部が鋭い鋸歯をもった棘になっているので、それに刺されてしまったようです。
(引用元:https://www.honda.co.jp/fishing/picture-book/gigi/)
日がすっかり暮れて時合になったのか、この魚を皮切りに、父にも私にも次々にアタリが来るようになりました。
釣れる魚はギギとナマズ。
しかも、40cmは優に超える大物ばかりで、当時の私にとっては、自己最大記録の更新。
二人とも夢中で、時がたつのを忘れて釣りをしました。
謎の巨大魚?
すっかり夜も更け、もうそろそろ帰ろうかと父がいいだしたすぐ後に、父の電気ウキが沈みました。
父が竿を立てると、竿先がぐぐんと大きく持っていかれます。
「なんじゃこりゃ」
あまりに強いヒキに、父は必死に耐えますが、まったく寄ってきません。
魚のヒキにひっぱられるように中洲の上を移動しますが、あれよあれよといううちに魚は沖に。
のべ竿は折れんばかりに曲がってギシギシ言っています。
そんな引っ張り合いが何分か続いたあとで、急にプツンと糸が切れてしまいました。
今思うと、竿が折れなかったのが不思議ですが、なんと、5号のナイロン糸が切られてしまったのです。
魚の正体は結局わからずじまいでしたが、そんな太い糸を切っていくとは、一体何だったのでしょう。
いまでも残る謎
結局その日は二人でナマズやギギを10匹以上釣ったでしょうか。
そのうち、父が食べたいというので大きいものだけ5,6匹選んで家に持って帰ることになりました。
帰宅して玄関先で魚を見せたとたん、母が急に機嫌が悪くなったのを覚えています。
そのギギは、翌日の夕食に、天ぷらになってでてきました。
その天ぷらをほおばりながら「うまいから食べてみろ」という父に促され、一切れだけ食べてみましたが、うまいとはとても思えませんでした。
やはり、魚を食べるのは苦手です。
家から徒歩10分圏内と近かったため、そのポイントの近くに釣りに行くことは何度もありましたが、その後中州に渡ったことは無かったと思います。
父と私は次第に海釣りをするようになったこともあって、それ以降、親子で猪名川に夜釣りに行くこともなくなりました。
夜釣りでないと釣れないのかもしれませんが、後にも先にも、ギギの姿を見たのは父と夜釣りに行ったあの日が最後でした。
それから何十年も経過したのち、インターネットでギギについて調べてみましたが、どのサイトを見ても、亜種も含めてギギは最大30cm程度と書かれています。
しかしあの夜釣れたギギは、30cm幅のバッカンに折り曲げてようやく入るような、40cmはゆうに超える大物ばかりでした。
証拠も何もありませんし、その後猪名川も水質汚染が進んだのか、カマツカとともにギギの類も完全に姿を消してしまったようですので、今となっては確かめようもありませんが、もしかしたらあの中洲は、日本記録級サイズのギギの住処だったのかもしれません。
(おしまい)
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